大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和40年(わ)490号 判決 1965年9月27日

被告人 甲

昭二二・九・一〇生 無職

主文

被告人を懲役二年以上四年以下に処する。

未決勾留日数中三〇日を右本刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は少年であるが、昭和四〇年五月中旬頃実父との間でいさかいを起こし、江別市内の実家をとび出し、爾来同市内の友人宅等を転々としていたものであるところ、

第一  同年五月三〇日午後一時三〇分頃同市五条五丁目村谷アパート二階一二号室の川上紀子の居室において、たまたま多少酒に酔つていたことも手伝い、当初は冗談のつもりで友人の吉田雅弘(当時一七才)の左頬をかじつたが、次第にその勢いが強まつたため、同人の激昂をまねき、同人から右居室にあつた庖丁(昭和四〇年押一五一号の一)を手にして「勝負するべ」と決闘を挑まれたのでこれに応じ、黒鞘入り刃渡り約一六センチメートルのあいくち(押同号の二)を携えて、右吉田の後を追い、前記アパートの玄関前路上に出、同路上において、相互に前記各刃物を手にして相対峙したが、右吉田が被告人目がけて前記庖丁を振りまわしてきたので被告人もまた吉田に対し前記あいくちで応戦していた際、同人が被告人の頭めがけて庖丁を振り降ろしてきた刹那身をかがめてこれを避けるとともに、その場の勢いから、右吉田に刺創を与え、場合によつては、同人が死に至るかもしれないことを認識しつつ、右あいくちをもつて同人の右胸部を突き刺し、よつて、同人に対し、全治約一か月を要する右側胸部刺創、右肺損傷ならびに右血胸の傷害を負わせたが、これを殺害するに至らず、

第二  法定の除外事由がないのに同年五月二七日頃から同年六月五日頃までの間、前記村谷アパート内川上紀子の居室等において、前記あいくち一丁を所持していた

ものである。

(証拠の標目)(略)

なお、弁護人は、判示第一の事実につき、被告人には未必的殺意がなかつた旨主張するので、以下この点について判断する。

本件犯行は、前判示のとおり、被告人に強く頬を咬まれたことに激昂した前記吉田が、判示庖丁をもつて、「勝負するべ」と闘争を挑んだことに端を発するものであるところ、弁護人は右にいわゆる「勝負」なる言葉の意味についてこれは血気盛んな若者同志が心理的な葛藤を精算するため、とにかく闘争者の一方が相手方に何らかの傷を負わせることによつて事態の解決を図ろうとしたに過ぎず、従つて、被告人もこのような心境にもとずいて吉田に刺創を与えたに止まると主張するのであるが、一般に、闘争者双方が刃物を持つて喧嘩ないし決闘を行なえば、それが単に冗談半分に振り回すにすぎないという如き特異な事例でない限り、傷害の部位・程度の如何によつては相手方の生命に危険をおよぼす結果が発生するであろうことを認識していると見るのが相当であり、しかも本件において、被告人が所持していたのは刃渡り約一三センチメートルの鋭利なあいくちであつて、通常人を殺害するおそれのきわめて大きい凶器であるのみならず、犯行時の被告人の行為を見るに、吉田のかなり激しい攻撃に対し、ある程度劣勢で防禦的な立場に立ち、かつ、吉田の振りおろしてきた庖丁から身を避けようとする体位のもとで本件刺創を与えたものであることは証拠上否みがたいところであるけれども、前判示の如く、能動的に右あいくちを右吉田の身体の重要部分に向けて突き刺したこともまた前掲関係各証拠にてらして明白であり、しかも、右行為が高度に真剣味を帯びた雰囲気のもとでなされたことは、被害者たる吉田、目撃者たる加藤和夫の各証言に徴し疑いを容れないのであつて、これら諸般の事情に加え、本件刺創が右胸腔内に達する程の深いものであること(医師稲垣芳秋作成の診断書参照)をあわせ考えると、右刺創を負わせた時点においては吉田が被告人に覆いかぶさるような姿勢であり、それ故両者の力が相乗的に作用したのではないかと推測されることを考慮に容れても、弁護人が極力その信憑性を争つている被告人の検察官および司法警察員に対する各供述調書中の殺意に関する供述記載部分を措信すると否とにかかわらず、叙上のような客観的情況にてらし、被告人が未必的殺意のもとに、本件犯行におよんだことを優に肯認でき、弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

法律にてらすと、被告人の判示行為中、第一の事実は刑法一九九条、二〇三条に該当し、第二の事実については銃砲刀剣類所持等取締法(昭和四〇年法律四七号)附則五項にもとずき、銃砲刀剣類等所持取締法三条一項、三一条一号を適用すべく、なお、判示第一の犯行は未遂犯であるから、所定刑中有期懲役刑を選択したうえ、刑法四三条本文、六八条三号にしたがい、法律上の減軽をなし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、判示第二の点についてその所定刑中懲役刑を選択し、同法四七条本文、一〇条により、同法四七条但書の制限内において重い殺人未遂罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で処断すべきであるが、被告人は少年法二条一項所定の少年であるから、同法五二条一項を適用して被告人を懲役二年以上四年以下に処する。なお、刑法二一条により未決勾留日数中三〇日を右本刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して、これを被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

情状について考察すると、

(一)  本件犯行のそもそものきつかけは被告人が何らの理由なく被害者の頬を咬むという非常識な行為に出たことにあるとはいえ刃物による闘争行為を挑んだのは被害者であること

(二)  本件犯行時の状況を見ると、被害者が被告人の頭上に庖丁を振り降ろすという行動に出たため、その難を免れるべく、刺創行為に出たものであること

(三)  被害者が被告人の処罰につき寛大な取扱いを望む意向を表明していること

(四)  被告人は未だ一八才の少年で、従来格別の犯歴として特記するほどのものがないことなど、被告人の有利にしんしやくすべき事情のあることは否定できないが、他方、

(一)  本件犯行は、事情の如何はともかく、吉田の挑戦に対して、友人の制止にも耳をかすことなく、即座にあいくちをもちだし、危険な闘争行為に及んだ結果発生したものであつて、そこには、被告人の性格にひそむ粗暴性と歪んだ倫理観が端的に示されていること

(二)  本件第一の犯行による受傷の程度は相当に重く、事後の手当が適切を欠いていた場合には、重大な結果をもたらしていたと窺えなくはないこと

(三)  被告人は平素からやくざ気取りで本件あいくちを持ち歩いていたもので、この点においても、被告人の生活感覚には危険性の潜在していたことを否定できないこと

(四)  被害者吉田に対し何ら誠意ある慰藉の措置が講ぜられていないこと

(五)  被告人の家庭環境・性格などから見て、被告人の更生のためには受刑体験により、規範意識の覚醒を俟つのが相当と認められることなど諸般の事情を総合勘案して、主文のごとく量刑した。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 辻三雄 角谷三千夫 猪瀬俊雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例